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2009.07/09(Thu)

鍵 後編

 これはARIAの二次創作小説、ジャンルは暁灯里です。
ご勘弁な方はバックを推奨いたします。
また、『鍵 前編』 『鍵 中編』をご覧になっていない方はそちらから先にご覧下さい。

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   鍵   後編



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 すっかり陽も落ちた頃、ようやく家主が帰ってきた。待ち人はまだ帰っていない。暁は灯里が出かけた時と同じように、オフィスのソファに坐っていた。灯里の用意した小説をぱらぱらと捲り、『童話だったんだ……。けっこう分かりやすいじゃねえか。今度もみ子に借りよかな、この本』などと思いながら。

「ただいま帰りました~!」
「ぷいにゅ~~い!」
「お~う。しっかりやってきたかぁ?」
 という青年の問いに、
「もーばっちりですっ!」
「ぷいにゅっ!」
 少女と火星猫は、そろってVサインをしながら答えた。
「あーさよかさよか。良かったな」
 気のない返事の暁に気分を害した様子もなく、灯里は店のシャッターを締め、閉店作業を手早く済ませる。
「すっかりお待たせしてすいません。アリシアさんももう少しで帰ってくると思うので、手早く晩ご飯作っちゃいますね。暁さんも上に上がって待っててください」
 そう言いながら、階段を上がり始める灯里。その後にアリア社長を肩に乗せ、アリシアの荷物を大事そうに抱えた暁が続く。
「ああ。朝から待ちまくってるからな! ここまで来たらどこまでも待てるぞ、今のオレ様は」
「……出来るだけ早くしますね……」
 苦笑しながらすぐに台所に引っ込み、エプロンを着けて調理にかかる灯里の後ろ姿。それを見た暁は、何故か少しだけどきりとした。荷物をリビングに隠すように置いた後、アリア社長をかまいながらその答えを探したが、やっぱり分からなかった。

 やがて、台所からいい匂いが漂ってきた。どうやら今夜の献立はオムライスのようだ。さすがにこのままだらだらと待つのも悪いと思った暁は、台所にいる灯里に向かって声を掛けた。
「おーいもみ子よ、何かオレ様にも出来る仕事はないのか。このままじゃ暇でくさっちまう」
「えー? いきなり言われてもそうそうありませんよ……。あ! そうだ。そこの戸棚にグラスがありますから、人数分出して麦茶入れといて下さい。冷蔵庫にありますから」
「おう。まかせとけ」
「アリシアさんの分も忘れないで下さいね」
「何をいっとるかっ! このオレ様、自分の分は忘れても、アリシアさんの麦茶を忘れる訳がなかろう! 寝言は寝てから言うものだぞ、もみ子よ」
「寝言じゃありませんし、もみ子でもありません、よっ、と! もう出来ますからね~」
 よっ、というかけ声とともに慣れた手つきで卵を丸める灯里と、
「おお! そうか! では早いとこやっつけちまわねえと!」
 がちゃがちゃとグラスを出し、不器用な手つきながら麦茶を注ぐ暁。

「うふふ。こうやって見ていると、新婚さんみたいね」
 不意に後ろから、聞き慣れた柔らかい笑い声が聞こえて来た。瞬間、暁の顔がだるまのように赤くなる。憧れの人の言葉が聞こえたことと、単語の中の“新婚さん”に過剰に反応した結果だった。麦茶をこぼさずに済んだのは彼にとって奇跡だったろう。
「あ! アリシアさん! お帰りなさーい!」
 しかし、嫁の対象者である灯里は全く気にしないまま、帰って来たアリシアに明るく声を掛ける。ここまで意識されていないのかと思うと何故か少し悲しくなる暁だった。
「ぷいにゅ~いっ!」
「ただいま。灯里ちゃん、アリア社長。暁くんもいらっしゃい」
「ああああアリシアさん。おかえりなさなさな……いでっ」
 にこやかに階段の下から顔を覗かせる先輩と、台所から満面の笑みで迎える後輩、ソファの上から階段に向かってとてとてと走り寄る火星猫に、がちがちに固まった上に舌をかんでもがいている青年、そして夕げの暖かな空気が、そこには溢れていた。
「あら、今日の晩ご飯はオムライスなのね? 灯里ちゃんのオムライス、卵がふわふわしてて、それはもう絶品なのよ」
 完成間近の本日の献立に即座に気づき、アリシアは暁に説明した。真っ赤な顔のまま、こくこくと頷く暁。先ほど彼女から飛び出した“新婚”発言は、すでに頭の中からすっ飛んで消えていた。そこへ灯里が出来上がったオムライスを運び、いつの間に用意していたのか、新鮮なサラダに暖かなスープまで添えて、卓に並べていく。
「じゃあ手を洗って来なきゃ。すぐ戻るからちょっと待っててね」
 いつもの柔らかな口調で、洗面所に消えるアリシア。暁はその後ろ姿に向かって、
「かしこまりました! この不詳暁! いつまでもお待ちしております!」
 直立不動で答えた。そんな彼に向かって柔らかな微笑をくれたアリシアに心底感動を覚えながらも、あわてて自分の作業――麦茶をグラスに注ぐことに集中した。ちょっと手もとが震え、おぼつかなげではあったが。
 何とかミスもなく注ぎ終えた暁は、汗もたいしてかいていないというのに、額の汗を拭いながら「ふーっ」と息を吐く。アリシアが戻ってきたのは丁度その時だった。先ほどまでかぶっていた制帽を脱ぎ、その見事な金髪をなびかせながら。弛緩した顔で見とれていた暁はあわてて表情を引き締め、グラスを渡す動作を開始した。真っ先に渡す人物はもちろん、彼にとっての天使、アリシアからである。

 全ての食事が食卓に並べられた。暖かな雰囲気と美味しそうな匂いに、アリア社長のお腹が「ぐ――!」と鳴る。それを聞いて皆が一斉に笑った。そして。
「いただきまーす!」「ぷぷぷいにゅうぅ!」
 元気な三人と一匹の声と共に、和やかに食事は始まった。特に暁にとっては夢のような時間だ。昨日だけでなく今日までも、あのアリシアさんと一緒に夕食が食べられるのだから。

◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇

「ごちそうさまでしたー!」
「ごちそうさま。とても美味しかったわ」
「ぷぷぅ……」
「ふー! 食った食った! ごっそーさん」
 それぞれの言葉で『ごちそうさま』の挨拶をする。あれだけあったサラダも、スープのおかわり分も、もちろん灯里の絶品オムライスも全て完食していた。アリシアさんとの会話と食事に夢見心地だった暁も、ここで本来の目的を思い出す。
「ちょっと失礼しますっ!」
 そう言うや否や、隣のリビングルームに目立たぬように置いておいた件の商品をどたばた騒々しい音を立てながら取りに行き、すぐに食堂へと取って返す。
「ああああああアリシアさんっ!」
「はい?」
「ここここれをっ! 本日届きました業物でございますっ!」
 将軍に上納品を献上する武士のごとく、居住まいを正してアリシアの前に差し出す暁。どうにも手もとが震えているのがいまいち格好悪いな、などと自分でも思うのだが、手の震えは止まらない。
「あらあらまあまあ! この為にわざわざ来てくれていたのね? ありがとう、暁くん」
 ただ商品を出しただけであらかたの事情を察したアリシアは、通販商品を受け取りながら暁に礼を述べた。溢れんばかりの笑顔と共に。それだけで天にも昇る心持ちな彼だった。
「い……い……いえ……。これくらい全く大丈夫です気にしないでください……」
 いつもの彼らしくなく、とても小さな声で呟く暁。丁度そこへ食器を洗ったばかりの灯里と、必死に彼女のお手伝いをしていたアリア社長がそこに戻って来た。そんな彼女と小さな社長にもお礼の言葉を。
「灯里ちゃんもアリア社長も、ありがとう」
「ええっ? いえいえっ! 私は暁さんにお願いしただけですし、お願いしようって考えてくれたのはアリア社長ですし……」
「ぷぷぷいうい!」
 恐縮する後輩と社長をやわらかく見たアリシアは、妙案を思いついたという風な表情で両手をぽんと合わせながら立ち上がった。
「そうだ! 今日のお礼に特製ココアを淹れてくるわね。これくらいじゃお返しにもならないだろうけれど……」
 最後はちょっとすまなそうに眉根を寄せて。
「うわぁ! アリシアさんのココア! ありがとうございます~」
「ぷいにゅ!」
「そそそそんな恐縮です! 心して頂きます!!」
 三者三様の反応で、アリシアに感謝の意を告げる。その様子を嬉しそうに見たアリシアは「待っててね」と言ってすぐに台所へ向かった。そんな彼女にふいに灯里が声を掛ける。
「アリシアさん、ココアって……」
「もちろん、生クリームのせよ」
「ふあ~、楽しみですー」
「うふふ。じゃあリビングで待っててね」
 アリシアは笑声を残すと、今度こそ台所に消えていった。小鳥のように軽やかな身のこなしで。

 彼女の残像を目で追いかけていた暁は、その視線をずらさずに、傍らの少女に声を掛けた。
「おい、もみ子よ」
「はい。もみ子ではありませんが何でしょう?」
「今日は本当にありがとな。貴様のお陰で天国にいるような気分だ」
「いえいえ、無理をお願いしたのはこちらの方ですし、今日は本当に助かりました。アリシアさんにもあんなに喜んで貰えたし。本当にありがとうございます!」
 ずしり、と、背中に重みが伝わってきた。立ったままの暁の半纏をつたってよじ登るアリア社長の重みだった。視線を背中に転じて、そちらにも声を掛ける。
「アリア社長も、ありがとよ」
「ぷいにゅ!」
 どういたしまして! というかのようにその場でふんぞり返ろうとするアリア社長。直立した暁の背中でそんなことをしたものだから、当然落下してしまう。床に接吻する前に難なく救出した暁は、そのまま社長を担いで自分の肩に乗せた。アリア社長はというと、ちょっとスリリングなアトラクションを楽しんだかのようなはしゃぎようだった。暁ならば落ちる前に助けてくれると分かっていたのだろう。
「じゃあ、リビングに行って待ってましょう」
「そうだな」
「ぷい!」
 そして二人と一匹は隣のリビングに移動した。ほどなくしてココアの甘い香りと共にアリシアが現れ、皆で談笑しながら美味しいココアを楽しんだ。

◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇

「じゃあな。本日は誠に有意義な一日であった。大儀であったぞもみ子よ!」
「いえいえ、こちらこそ本当にありがとうございました」
「だからもういいって。オレ様もかなり楽しかったからな。この件でお礼言うのはもう禁止な」
「えー。でもありがたかったんだから、ありがとうって言っちゃいますよ、やっぱり」
「えーいっしつこい! とにかく禁止! 分かったか!」
「はーい」
 玄関先で押し問答する家主と来客。端からだとどう見てもじゃれ合っているようにしか思えないのだが、当人たちにその自覚は皆無である。時間はすでに夜の9時を回っていた。
「すっかり遅くなっちまった。わりぃな、こんな時間まで」
「いえ、お気になさらず。気を付けて帰って下さいね」
「おう! 今日のオレ様に敵などおらんからな。気を付ける必要もないわ」
「ははは……。それじゃ、ありがとうござ……」
「だからっ! 礼言うの禁止!」
「はひぃ!」
 一通りのじゃれ合いも済み、ようやく一歩踏み出した暁だが、懐に手を入れたとたん足を止めた。振り向くと、頭にたくさんの疑問符を浮かべた灯里の顔があった。

「すっかり忘れてた。ほれ」
 そう言って握った右手を差し出す。不思議な顔をしながら差し出された灯里の左手に、ぽとんと落ちる金属の塊。その感触に、灯里が破顔する。
「ああ。私もすっかり忘れてました」
 それは、灯里が暁に託した、自らの家兼社屋の鍵だった。
「確かに返したからな」
「はひ」
「…………」
「…………」

 何故か双方とも無言で、灯里の掌に置かれた、鈍く光る鍵を見つめた。それは街灯に照らされ、それ自体が輝いているかのようだった。
「……なんか、月の光が、この鍵に降りてきたみたいですね」
 いつも聞き慣れた灯里の“恥ずかしいセリフ”だが、このときの暁はとっさに言葉を返すことが出来なかった。何故なら彼も同じように思っていたからである。柄にもなく灯里と同じことを思ってしまったこと、しかも不意打ちで“恥ずかしいセリフ”を喰らったこと、相乗効果で顔がゆでだこの様に赤くなってしまった。
「は……恥ずかしいセリフ禁止だ禁止ぃ!」
「わーっ! 暁さん静かに静かに!」
 あわてて禁止する暁だが、どうにも声が大きすぎた。灯里はあわててたしなめ、暁は口を押さえ、さらに真っ赤になってしまった。同時に勢いよく灯里に背を向け、そのままの姿勢で言い切る。
「とっ、とにかくっ! オレ様は帰るぞ。もみ子よ、見送りご苦労!」
「はひ。お休みなさい、暁さん」

 ようやく暁はその場から歩み去った。ARIAカンパニーが見える最後の曲がり角で、一度だけ振り返った。その戸口にはまだ家主がいて、こちらを見送っていた。ここまで振り返らなかったのは、自分自身の真っ赤な顔を彼女に見られたくなかったからである。夜の闇で気づいていなければ良いと思いながら、片手を軽く挙げて、そこを曲がった。すると戸口の少女も手を振り返して来た。それはもうぶんぶんと。
 曲がった後すぐに立ち止まり、暁はその曲がり角を見た。来るときはいつも、この曲がり角が待ち遠しくてしかたがないのだ。ここを曲がると彼のオアシス、ARIAカンパニーが見えるから。でも、帰り道の時は、胸中に小さな棘が刺さるような、何とも言えない気持ちを味わって曲がる。来る時には『今日こそは!』と息巻いているのだが、アリシアに気の利いたことも言えず、告白なんて大それたことも出来ず、自分のヘタレっぷりを再認識しながら曲がるからなのだ、と彼自身は思っていたのだが、例えばアリシアに会えてそれなりに好感触を得た、今日みたいな日にでもそれを感じる。
 しかもそれを思うとき、必ず脳裏に浮かぶのは、戸口で見送る少女の姿だったりするのだ。アリシアとの語らいとかいう場面じゃないあたりが、彼の理解を超えていた。

 再び歩き出しながら、ふと、軽くなった自分の右手を見下ろした。先ほど返却した鍵がまだそこにあるかのように、軽く手を握る。先ほど訪れた、短いけれど長い、無言の時間。あの時、彼は彼自身も驚くような思いを持っていた。

『この鍵、返したくねぇな……』

 何故そう思ったのか分からない。いや、アリシアが勤めている会社の鍵だから返したくないと思ったのだ、そう思いながらも彼の思考は乱れに乱れていた。
『いや待て、これはARIAカンパニーの鍵でもあるけどもみ子ん家の鍵でもあるんだぞ。だから鍵を返したくないってことはもみ子ん家の鍵を持っていたいということになっちまうわけで、それは非常にまずくて、て、何考えてんだよオレ――――!』
 頭が水蒸気爆発しそうな程の勢いで考えまくった暁だったが、途中で思考停止するに至り、頭を力の限り振って軽く気を失いかけた。
「……ダメだ。考えるとどうにも頭がイタくなる。今日はさっさと帰って寝よう。うん、そうするに限る。そしてアリシアさんと夢で語らうのだ! 今日ならいい夢見れる気がする!」
 ……どうやら今の彼には、早すぎる命題だったようだ。
 こうして彼は、浮き島へと帰って行った。

◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇

 一方同じ頃。
 閉じた扉の前で、じっと佇む水先案内人がいた。
 彼女は、家路を急ぐ火炎之番人が視界から消えた瞬間、えもいわれぬ寂しさを覚えていた。瞳は、先ほど彼から返してもらった左手の中の鍵から離れない。

『どうして……? どうしてこの鍵を暁さんから返してもらった時、“そのまま持っててくれていいのに”なんて思っちゃったんだろ……』
 こちらでも一人、自分の思考回路についていけない者がいた。鈍さは彼の遙か上を行っているだけに、答えが出るわけもない。

「……灯里ちゃん?」
 控えめに掛けられた声は、今日の日報を書くために少々残業していたアリシアのものだった。
「アリシアさん……」
 そう答えて、再び無言になってしまった愛しい後輩に、先輩は優しく声を掛けた。
「灯里ちゃん……。きっと時が答えを出してくれるわ。それまでゆっくり歩けばいいだけよ。焦らなくてもいいの。少しずつ、少しずつ進んでいけばいいのよ」
 その声は灯里の心に染み渡り、その奥底まで届いて綺麗な音を響かせた。
「……そうですね。なんだかよく分からなくて、ちょっと混乱しちゃいました」
 そう言って、いつものように笑う灯里。その笑顔はとびきり極上で、先ほどの寂しそうな姿など影も形も無かった。
「アリシアさん、帰る前に紅茶なんていかがですか? 郵便屋さんからとびっきり美味しい葉を頂いたんです」
「そうね、いただこうかしら」
 和やかに語らいながら、リビングへと向かう灯里とアリシア。その灯里の左手には、鈍色に光る鍵が握りしめられたままだった。

◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇


 彼と彼女が、その奥底に隠された気持ちを自覚するためには、しばしの時が必要だった。
 ゆっくり、ゆっくりと。
 時は流れてゆく。


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End.
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2009.06.25.脱稿
2009.07.10.筆削

Background Music=winding road 絢香×コブクロ

以下、あとがきです。

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テーマ : 二次創作小説 - ジャンル : アニメ・コミック

00:00  |  ARIA小説  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑
2009.07/09(Thu)

鍵 中編

 これはARIAの二次創作小説、ジャンルは暁灯里です。
ご勘弁な方はバックを推奨いたします。
また、『鍵 前編』をご覧になっていない方はそちらから先にご覧下さい。

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   鍵   中編



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 次の日。彼は灯里に言われたとおり、朝8時きっかりにARIAカンパニーの扉を叩いた。朝アリシアが出社せずに直接お客様の所に行くことは、前日嫌というほど確認してある。本当ならその場所に行き『アリシアさんを独り占めする羨ましい野郎』の顔を拝みたい所だが、そこは我慢した。自らの忍耐力を総動員して。

「それじゃ、申し訳ありませんが宜しくお願いします。荷物が来たとき、サイン……はまずいかな。一応はんこをここに置いておきますね。それからお昼ご飯はここに用意してあります。午後のおやつの時間に一度、郵便屋さんと一緒にこちらに戻ります。もしもそれより先に荷物の受け取りを完了したのなら、シャッター降ろして扉の鍵をかけてお帰りになっても良いですからね。ええと、その場合、鍵は後日回収します」
 矢継ぎ早に連絡事項を列挙する灯里。しかしその対象は、人の話をきちんと聞いてくれているのかどうなのか。いまいち不安ではあったが、郵便屋さんとの約束の時間に間に合うように出かけたい灯里は、暁を信頼することにした。ばたばたと騒がしく出かける準備を整える一人と一匹。特に火星猫の方はかなり気合いをいれたおめかしを完了していた。
「じゃ、いってきま~す!」
「ぷっぷぷいにゅ~~~っ!」
「おう、とっとと行ってこい。ドジって手紙を運河に落とすんじゃねーぞぉ」
 青年は、「失礼な!」と言うもみ子もとい少女の声を爽やかに無視して、オフィスに戻った。

「……さて……。どうしようか」
 考えたら、このオフィスに一人で居たことなど今まで一度もない。必ず灯里がいたり、アリア社長が背中で遊んでいたり、とっても運が良ければアリシアさんと共にお茶したり、と、常に誰かが居たのだから。しかし今は一人きりだ。どうやって暇を潰せばいいのか、彼は途方にくれた。とりあえず、持参した火炎之番人昇格試験の参考書を懐中から出して、ぱらぱらと捲ってみた。
 横には、灯里が用意してくれた“暇つぶし用”の本が数冊積んであった。……しかし、暁が好んで読むのはどちらかといえば少年漫画。彼女が用意してくれた地球(マンホーム)の古典小説である宮沢賢治の著作は、彼には高尚すぎた。
 しばらくは殊勝にも勉学に励んでいたが、すぐに飽きていつものようにソファに寝っ転がった。眠ってはいけない、のだが。
 ……おきまりのパターン通り、ほどなくしてすとんと眠りに落ちてしまった。役に立たないお留守番である。

◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇

「……つき……つきん…………あかつきん~~」
「……んあ?」
 どうも頭がぼうっとしている。ここはどこだ? などという疑問符が頭をよぎる。自宅の部屋にいるつもりなのだが、何かが違う。しかも目覚めに聞こえる声がいつもの母の声ではない。彼は未だ覚醒せぬ頭で、ぼけぼけとそんなことを考えていた。
 いい年になったというのに、今も母に起こしてもらっているあたり、やっぱりお子ちゃまだったりするのだろうが、これは仕方がないのだろう。男はしょせん、いつまで経っても子どもなのだから。
 薄く目を開けてみると、目に飛び込んだのはそれなりに見慣れた社屋のオフィス。
「あかつきん~~っ! 起きるのだ~~!」
「っ! のわああああ!」
 聞き慣れた親友の、いきなりの大声にびっくりして飛び起きた。声のした方へ目をやれば、つんつん頭がカウンターの外から生えていた。
「……びっくりさすなよ、ウッディー」
 呼ばれた相手はといえば、ずーっと黒髪の火炎之番人の名を呼んでいたらしく、身を乗り出し、眉根を寄せて彼を覗きこんでいた。
「何でここにあかつきんがいるのだ?」
「見て分からんか? 留守番だ!」
「……留守番がそんなにぐーすか寝てたら、意味がないと思うのだ……」
 もっともな意見だが、そこは無視を決め込むことにした。暁が次に口に乗せたのは当然すぎる疑問だった。しかし、ウッディーの職業を考えればすぐに分かりそうなものなのだが。
「んで? なんでウッディーがここにいるんだ?」
「そりゃ、風追配達人だからに決まってるのだ。というわけで、お届け物なのだ!」
 うかつだった。ここで留守番をしている目的をすっかり忘れていたのだから。自分の不甲斐なさを多少は自覚すると同時に、ウッディーから差し出された荷物を受け取り確認する。
「おお!これだこれ! 麗しのアリシアさんがわざわざお取り寄せされた業物! 待ってたぞウッディー!!」
「分かったから、はんこ下さいなのだ」
「おおー。……て、はんこ? オレのサインじゃ……ダメだよな、やっぱり」
「当たり前なのだ」
「……げ。どうしよう……。」
「はぁ。灯里ちゃんからはんこのありかとか、何も聞いてないのかい?」
 ここまで来るとウッディーも呆れ顔を隠すことが出来ない。本当にツメが甘いというか、要領が悪いというか、確認が甘いというか。そして、いつも灯里が印鑑を出してくる場所を確認する。それは難なく見つかった。留守番を任された人物より早く配達人が見つけるというあたり、ウッディーは思わず笑いたくなったがそこは我慢した。ここで笑うとこの留守番が、とたんに不機嫌になるのが手に取るように分かるから。
「ほら、ここにあるから。灯里ちゃん、ちゃんと言ってなかったのかい?」
「ああ――。そーいやもみ子が出がけになんか言ってたような気がするが……」
「あかつきんは昔から人の話をよく聞かないから……。まったく、しょうがないのだ」
「うっ、うるさいわっ! てか、どうしてお前がここのはんこのありかを知っている?」
「ん? そりゃあ、ここへの配達担当は私だし、毎回灯里ちゃんとやりとりしていれば、自然と動作も目に入るわけだし」
 そう答えながらもウッディーは興味深げに幼馴染みを観察した。自分が『灯里』という人名を口にした瞬間、幼馴染みの表情がごく僅かに曇ったような気がしたからだ。彼がそういうことに疎いことは昔から分かっていたけれど、その表情の曇りは嫉妬から来ているのだろうか。だとしたらかなりの進歩だし、親友にも春がやって来たことになるわけだから、誠にめでたい。
 だが、残念ながら暁には、まったく自覚がないようだった。
「ふーん、そうか。ま、いいや。とにかくサンキュな!」
「いやいや。それじゃ、灯里ちゃん、アリシアさん、アリア社長に宜しく言っておいて下さいなのだ!」
 ウッディーは『やっぱりあかつきんはまだ分かってないみたいなのだ』と思いながらそれをおくびにも出さず、暁に一言残すとさっそうとエア・バイクを駆って宙空へ舞い上がった。

「……いつもながら、いい腕してるな」
 あっという間に米粒大になって飛んでいった親友を見送りながら、暁は一人ごちた。そしてサイドテーブルの上に浮き島から持参した手ぬぐい(もちろん洗濯済)を敷き、その上に丁寧に、先ほど受け取った荷物を乗せた。
 留守番という大役も、荷物を受け取るという任務も完了した。一安心しながら時間を見ると、すでに昼を回っていた。暁は、灯里が用意してくれていた昼食を一人で取ると、再び参考書に目を通し……5分後には見事に寝落ちしていた。

◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇

 灯里が3時のおやつ時に再び社屋に戻ってみると、留守番を買って出た青年は、豪快にオフィスのソファに横たわって爆睡していた。その傍らには、恐らく家から持ってきたのであろう、火炎之番人の炎の模様の入った手ぬぐいがテーブルの上に敷いてあり、そのさらに上に、大事そうに置かれた段ボール箱がひとつ。側面には『足つぼくんウルトラスーパーDX』の文字が印刷されていた。
 ミッションを完了したのなら鍵を閉めて帰っても良かったのに、自らの手で、この箱をアリシアさんに手渡そうと考えたのだろうか。恐らくそうだろう。朝早くから来てもらっただけでも申し訳ないというのに、このままでは結局、彼の休日を丸一日潰すことになるだろう。だが、彼がそうしたいと願うのなら、止める権利は灯里にはない。
 でも、と、灯里は思う。常ならこのまま彼に午睡を楽しんで頂きたいが、今は郵便屋さんに午後のお茶を楽しんでもらおうと、一緒に来てもらっている。ここまでわざわざお連れした手前、暁には是が非でも起きて頂かなければ。

「アリア社長」
「ぷいにゅ?」
「暁さんをおまかせします。見事、起こして差し上げて下さい」
「ぷぷいにゅっ!」
 ちょっとばかり罪悪感がないではなかったが、やたらと張り切って敬礼なんぞしちゃってるアリア社長に全てを任せることにして、灯里は人数分のお茶と茶菓子の用意を始めることにした。郵便屋さんも暁の対面に座り、面白そうにアリア社長の動向を眺めている。
 ……しばらく後に彼女は、青年の叫び声と火星猫の楽しげな鳴き声、そして壮年の男性の温和な笑い声を聞いた。

「ひっでえじゃねえか。もっと、こう、なんつか、いい起こし方はなかったのかよ」
 顔をタオルで拭きながら、暁が文句をたれる。アリア社長がぺろぺろと舐めた跡が、彼の“それなりに精悍な顔”を台無しにしていた。
「まあ、兄ちゃんも早く拭いて落ち着きな」
 笑いながら郵便屋さんが言う。それを遠目で見ながら、思わず笑ってしまう灯里。
「おらぁ! そこ! 笑うんじゃねえ!!」
 笑う灯里を目ざとく見つけた暁が、苦情を申し立てた。自らの背を丸め、そこを登山中のアリア社長が登りやすいよう密かに助けながら。
「すいません。でも、可笑しくて」
 あまり反省した風でもない灯里の声が、ARIAカンパニーのオフィスに心地よく響く。漂う紅茶の香りと、香ばしく焼けたフォッカチオの香りが鼻孔をくすぐる。
「いやー! 今朝準備しておいて正解でした。焼くだけだから5分で出来るし、おかわりもいくらでもありますよー♪」
 言いながら灯里が、人数分の紅茶と素のフォッカチオやシナモンフォッカチオ、チーズフォッカチオなどが山と盛られた皿と共に台所からやってきた。それらを載せているお盆もかなり大きめな物を使っている。
「……おい」
「はひ?」
「どー考えても量多すぎだろうが! ちったぁ限度を考えろ。太るぞ」
「な! ひどいじゃないですかぁ~。舟漕いでるからこれ位食べても大丈夫なんですよ?」
「はっはっはっ。嬢ちゃんは今日、たくさん舟漕いだからなぁ。これ位食べてもたいしたこたねえな」
「でしょー? さすが郵便屋さん♪」
 さらに暁の反論が続くが、のほほんと聞き流す灯里と郵便屋さん。のどかで騒々しい時間が過ぎていく。

◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇

 ふぅ、と息を吐いてから、郵便屋さんが言った。
「いやー。すっかり邪魔しちまったな。嬢ちゃんは料理も上手だな。旨いフォッカチオだったよ」
「いえいえお粗末さまでした。それにしても、ゆっくりしちゃいましたねぇ」
「ぷーい」
 灯里は卓を片付けながら、アリア社長はすっかり膨れたお腹をさすりながら、郵便屋さんの言葉に答えた。それを合図に午後のお茶会も終了する。
「お、もう行くのか」
 先ほどあれだけ寝ていたのに、腹が膨れたせいなのか、またもや眠そうな暁が言う。
「はい。暁さんも、浮き島にお帰りになりますか?」
「いや、オレ様はアリシアさんのお帰りを待とう。この商品を届けなければならぬ大切な使命があるからな」
「何だか色々とすみません」
「気にするな。オレとお前の仲だろうが」
 灯里に対する一人称『オレ様』をすっかり忘れている、そんな暁の様子を見ながら微笑む郵便屋さん。灯里は台所で手早く食器の下洗いを済ませ、ぱたぱたと出かける支度を始めていた。アリア社長はというと、オフィスのソファで相変わらずくつろいでいる。

「さてと、あと少しだな。兄ちゃん、申し訳ないが嬢ちゃんをもうちょい借りるよ」
 そう言って席を立つ郵便屋さん。
「いっ? いや全然かまわないっすよ、てそうじゃなくて借りると貸すとかそういうあれではなくて、あいつとは全然そういう関係じゃ……って何言ってんだオレ」
 暁はというと顔は真っ赤、口調もしどろもどろになっていた。どうやら眠気が一気に吹っ飛んだ様子である。彼を動揺させた張本人はというと、笑いながらソファから立ち上がり、人好きのする笑顔を残してゆっくりと舟まで歩き去る。そこへ灯里が駆け込んできて、
「行きますよ~。アリア社長!」
 と声を掛けた。アリア社長もすぐに飛び起きて、ぷくぷくと身体を揺らしながら舟に向かって歩き出す。数歩進んで不意に止まり、暁に向かって「留守番は頼んだ!」とでも言うように敬礼を一つ残し、再びぷくぷく歩き出した。どうやら社長にとって“敬礼”が最近のマイブームのようだ。
 暁も社屋から出て皆の乗船を見守る。先ほど赤くなってしまった顔を冷やしながら。
「じゃあ暁さん、すみませんがまた留守番お願いします」
「おう、まかせとけ」
「はーい。じゃ、行ってきまーす!」
「行ってこーい」

 舟に乗り込んだ二人と一匹は、それぞれの仕草で暁に行ってきますの挨拶をした。郵便屋さんは軽く帽子に手を添えて会釈し、灯里は手を大きく二度振ってからオールを漕ぎ出し、アリア社長は舟縁でその短い腕をぶんぶんと降り続けている。暁は外の手すりにその身を預け、片手を軽く上げて見送った。舟は滑るように走り出し、あっという間に水路を曲がって行った。
「……ふーん。あいつも腕、上げたんだな……」
 見えなくなった舟の後を目で追いながら、暁は独りごちる。ふいに風が吹き、彼の束ねた黒髪が前へ流れて来た。
「ううっ、まだちょっとさみいな。早く中に入ろ……」

 彼はまだ気づかない。先ほどの『行ってきます』と『行ってこい』のやりとりで、少し心が温かくなったことを。彼女の帰る場所を守る幸せ、それを知るにはあと数回の季節を要する。

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鍵 後編』へと続きます。

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2009.07/09(Thu)

鍵 前編

 お久しぶりです。書くの非常に久しぶりですが、大丈夫でしょうかいろいろと。密かに自ブロ一周年記念として落下させて頂きます。ではいつもの但し書きから。


 これはARIAの二次創作小説です。ジャンルは暁灯里です。
ご勘弁な方はバックを推奨いたします。
それもまた良ろし! な御方。ありがとうございます! ↓へどうぞ!

◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇

 彼はまだ、違う女性に憧れていた。
 彼女はまだ、恋愛の「れ」の字も知らなかった。
 そんな頃の、話。

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   鍵   前編



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「暁さんっ! これっ!」
 いきなり渡されたそれは、ARIAカンパニーの鍵だった。それは灯里の家の鍵と同義でもある。

 暁はまず、掌の中で鈍く光るそれを呆然と眺め、ややしばらくしてから、それをいきなり押しつけた家主へと視線を向けた。

「あー。えー……と。もももももみ子よ。これはいったいどーいうことだか説明しろ」
「だからっ! さっきも説明しましたよっ! もう、聞いてなかったんですか?」
「……ああ――。ええ、と。…………なんだったっけ?」
「~~~んもう! 今度はちゃんと聞いて下さいねっ!」

 どうやら彼女を少し怒らせてしまった様である。焦った暁は、幼児用の首振り人形の如く、ただこくこくとうなずきながらも、灯里の言葉を聞き漏らすまいと必死だった。

 どうしてこんなことになってしまったのか。自分でも訳がわからない。

 最初は、いつものように“アリシアさんのご尊顔”を拝しにはるばるARIAカンパニーまでやって来た。しかし、これもまたいつものように空振りに終わり、ちょっと不機嫌になった。そして、これまたいつものように、灯里の入れてくれた紅茶を渋い顔ですすっていた。本当は美味しいのに、その前に受けた衝撃がよほど大きかったのか、憮然としていた。
 彼の瞳は、正面に座る灯里の横をすり抜けて、奥に飾られた写真に向けられていた。そこにはARIAカンパニーの歴史と言っても良い写真が何枚も貼られており、その中にはもちろん、暁が敬愛してやまない“アリシアさんのお姿”もあった。
 目の前では、灯里が真剣な面持ちで一生懸命話をしていた。いつもならほわほわした顔で、季節の話題とか、どこぞの花が綺麗に咲いたとか、そんなとりとめもない事を語っていたりするのだが、今日に限ってどうも大事な話をしているようだった。アリシアに会えない悲しみを少しでも癒そうと、写真に気を取られていたのが運の尽き。いきなり渡された鍵に大いに戸惑い、灯里を立腹させることになってしまった。
 申し訳ないと思いつつ、目の前で咳払いをして再び説明を始めた彼女に意識を集中した。

「明日、アリシアさんがここに来ないことは言いましたね?」
「はい」
 強く言い切る灯里に、思わず敬語になる暁。
「どうしてでしょう?」
「たっ、たしか丸一日貸し切りの予約が入ったから……だったか?」
 間髪入れずに答える。ほとんど山勘である。
「正解です。こんなこと、めったにないんですけどね。でもアリシアさんにとって、特別なお客様のようです。たしか……」
 と、しばらく考える灯里。
(さすがオレ様!アリシアさんのこととなると神がかり的な力を発揮することが出来るのだ。どうだ思い知ったかこの愛の深さを!)
 暁は密かに、山勘が当たった事実に驚いていた。と同時に、もみ子こと灯里に、自身の愛のディープっぷりをとうとうと力説しようとした矢先、灯里が事情を思い出したらしい。
「そうそう! アリシアさんが一人前になった時に初めてお乗せしたお客様、て言ってました! ま、とにかく。明日は、お客様のところへ直接出向いて終日ご案内するという日程だそうです」
「……なるほどなるほど」
 結局、力説出来ず仕舞いの暁は、少しだけ消化不良な表情をしてしまったが、すぐに目前の話題に意識を集中する。彼は、例の『貸し切りのお客様』に軽い嫉妬心を覚えていた。
(くそう、どこの馬の骨だ! あのアリシアさんを独占するなんて。ふてえ野郎だ)
 そんな彼の内心が見えているかのように灯里が苦笑した。それを見てさらに不機嫌な顔になった暁は、その見事なもみあげを軽く引っ張った。
「何を笑っておるのだ何を」
「いたたた。髪引っ張るの禁止です!」
 たいした痛くもないのだが、条件反射でついそう言ってしまう灯里。それを聞いてすぐに暁の引っ張る力が緩んだ。
 本当に優しいんだなぁ、と思いつつ、話が止まっていることに気付いた彼女は、自らの髪を彼の手から逃がして、続きを話し始めた。

「一方私ですが、明日はアリシアさんと同じく、丸一日の予約が入っております」
 えっへん、と胸を反らせて誇り高く言い切る灯里。その足下にはいつの間にかアリア社長がおり、同じく胸を反らせて、いばりんぼポーズをしている。
「へぇ~。どこの物好きだ?」
「物好きって失礼なっ! 郵便屋さんですよ! 明日は一日集配のお手伝いなんです。どんな素敵が転がってるんでしょう! 今から楽しみです~~」
「ぷぷいにゅ~~」
 と、胸の前で手を組んで上空をうっとりと眺め、瞳をうるうるさせる一人と一匹をナチュラル無視して続きを促す。
「んで? どうしてオレ様がこの鍵を持たされなきゃならんのだ」
「それです!」
 いきなり灯里に叫ばれて、暁は椅子からずり落ちそうになった。それを意に介すことなく、握り拳を宙空に振り上げてさらに力説する灯里。何故にそう熱くなれるのか。普段全く同じ事をしているのに、自分を棚に上げまくって思う暁だった。
「明日は、アリシアさんが待ちに待っていた商品が届く日なのです!!」
「商品~~~~んんん?」
「そう! 『疲れた貴方に素敵な癒しを!全自動足つぼマッサージ機』その名も『足つぼくんウルトラスーパーDX』ですっ!!!」
「……うわぁ。すげえ安直なネーミングだな。命名者に再考するよう求めたい」
「この際、ネーミングセンスは置いといて、とにかくアリシアさんが楽しみにしていた通販商品が届くんですから、その日のうちに渡したいじゃありませんか。そう思いませんか? 暁さんは」
「うむ。そこに依存はないな」
「じゃ、決まりです。暁さん明日OFFですよね? 申し訳ないのですが、留守番お願いできませんか?」
「なっ! なんでオレ様がっ!」
「アリシアさんのためです!」
「ぐっ……!」
 灯里の言いなりになった末にこんな事態に追い込まれたと思うと、思わず反抗したくなる暁である。だがアリシアのためと言われると、断ることも出来ない彼だった。

◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇

 話は強引に終わった。不承不承の態で承諾した暁を横目に見ながら、灯里はすっかり無くなっていた3つのティーカップを視界の隅に捕らえ、次の一杯を用意するために席を立った。しばらくして温かい紅茶を満たしたティーポットを持ってオフィスへ向かった彼女は、そこに未だ仏頂面をしたままの暁を見出して、さすがに悪いと思い、おかわりを注ぎながら、すこし気落ちしたように謝った。
「……すみません」
「あぁ?」
 暁の返事は、内面の不機嫌を絵に描いたようだ。ちょっとひるみはしたものの、言葉を続ける。
「本当なら、配達日をずらしてもらうのが一番だって分かっているんです。でも、最近アリシアさん、お休みが思うように取れなくて。それなのに少しも疲れた様子を見せないアリシアさんを見てると、せめて疲れを取るグッズくらい、その日に受け取って渡してあげたいなって思ったんですが……」
 ここで言葉を切って、暁を正面から見すえて。
「すみませんでした。やっぱり申し訳ないので、日をずらしてもらう事にしますね」
 これが暁にとって決定打だった。そのように言われて、「ああそうですか。それならそれで」などと答えられる筈もない。青年は先ほどまでの不機嫌もどこへやら、目の前の少女に対し明日への意気込みを伝え始めた。
「いや! 全然! もう! 全く気にするな! 留守番させたらアクアで一番のこのオレ様に任せておけ! もみ子は大船に乗った気で仕事して来い!」
 もうすでに自分が何を言っているのか分からない。が、とにかく必死だった。そんな彼に思いがけない一言が投げかけられる。

「…………いやですか?」
「へ?」
「やっぱり、アリシアさんからじゃないと、鍵預かるの、いやですか……?」
「………………」
 暁は完全に沈黙してしまった。そりゃあ鍵を受け取るのは好きな女性からだとテンションも上がるが、本命じゃないとはいえ、鍵を出された瞬間フリーズしてしまったのだから、灯里の事を全く意識していないと言えば嘘になる。だからといって、それをすぐに認めることは出来ない彼ではあったが。
「でも、アリシアさんに、『暁さんに留守番お願いして、来る荷物を受け取ってもらいましょう』なんて頼んだら、アリシアさんのことだから絶対、『そこまでしなくても、自分の荷物を受け取るのは後日でいいから』って言い出すでしょう? だから……」
 言葉の語尾は小さく、消え入るようだった。
「分かった! 分かったからそんな変な顔するな! 大丈夫だ! オレ様大人だからな、これくらいちょちょいのちょいだ! いいか、オレ様が留守番喜んでやるから、今後、この話題で暗い顔は禁止だ禁止! 分かったなっ!」
 もう少し優しく言えば良いものを、毎度のごとくまくし立てるように言ってしまう。どうにも大人になりきれていない青年、それが彼だった。言われた方はといえば、先ほどまでの暗い顔もどこへやら、陽が差したように明るい表情になって、
「ありがとうございます! さすが暁さん、いつも優しいんですね」
 どうやら彼女の方が一枚上手だったようである。……と言っても本人に青年を手玉に取った自覚というものがまるで無いので、天然と言うべきなのかもしれないが。

 その日の晩餐はARIAカンパニーで社員二名と一匹と共に取った。暁はといえば、アリシアさんのご相伴に預かることが出来、かなりご満悦だった。それもこれも灯里が気を利かせてくれたお陰なのだが。それを知っている暁は帰りがけに彼女に謝意を述べると、遅くなる前に浮き島へと帰って行った。

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鍵 中編』へと続きます。

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2009.01/08(Thu)

paradise Lost -after-

これはARIAの二次創作小説です。ジャンルは暁灯里です。
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ナガサキの日に 03



それは、鈍感を絵に描いたような彼が、ようやく自分の気持ちに気づいた後の胸懐。


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   Paradise Lost -after-



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そういやずいぶん昔、ぼんやりと考えたことがあったっけ。
ここは、楽園だなあって。
あの時は、アリシアさんと、もみ子、アリア社長の三人がそろっててこその“楽園”だと思ってた。
その意味での“楽園”の喪失は、あれからすぐに起こった。
あの後、一年もしないうちに、アリシアさんが辞めてしまって。
ここもあいつとアリア社長のふたりだけになって。
いろいろ変わっちまったけど。

……それでも、今でもここは、オレにとっての楽園なんだよな。

◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇

もみ子がひとりであの会社を切り盛りするようになってすぐ。
オレ、あいつの舟の予約入れたんだ。あれから毎月乗ってるけど、毎回ルートが違うんだよ。
ホントにすげーな!もみ子って!
……てか、毎月予約入れるために、たまに兄貴に借金してるのは内緒だ。
後で兄貴にゃ、ちゃんと金返してるぞ! 念のため言っとくけどなっ!
ああ、自分で言うのもなんだけど、なんていじらしいんだオレ!

――そこ。情けないとか言うな。オレだってそう思ってんだから。


いつだったかな。あいつが大泣きしたの。あれにはマジでびびった。
……たしか、アリシアさんが辞めてすぐの時だったよな。
アリシアさんに頼まれてもみ子んとこに行ったはいいけれど、
あそこまで泣くなんて思ってなかったからな。

もみ子、不安だったんだよな。そらそうだ。
いきなり一人でやれって言われたら、このオレ様でもビビるだろうし。
でもあんときのオレ、自覚なかったんだよな。
ああちくしょう。今のオレと変わってくれ、あんときのオレ!
今ならもう少し気の利いたセリフだって言えるかもしれねえし、
あそこで告れたかもしれねえじゃねえかっ!

――うん。ムリだって、自分でもわかってるけどな。

◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇

それからも、何度も何度も通い詰めて。邪魔したり手伝ったり。

自分の気持ちを自覚するのに、けっこう時間も掛かったけど、
気づいてからはいろいろと、そりゃあもう頑張ったもんだ。
ボッコロだろ? レデントーレだろ? 年越しだって一緒に行ったし、
あいつが風邪ひいた時なんか、速攻で下に行ったしな。


いつだったかはうちのお袋の策略で、うちに泊まりに来たこともあったっけな。
あんときゃ心臓止まるかと思った。いきなりうちにいるわ。寝起きどっきりかまされるわ。
ああ、浮き島名物の桜見物にも行ったよな。
……なんだかんだ言っても、お袋には感謝してるんだけど。
……お陰で毎年あいつと桜見に行く約束できたし……ごにょごにょ


裏誕生日でプレゼントも渡せたみたいだし。
んあ?なんで“みたい”って言ってるのかって?
いやあ、実はあんときの記憶だけ、キレイさっぱりねえんだよオレ! はっはっはっ!
――うん。笑い事じゃないよな。反省する。

……でも、その辺の記憶が無いのがどうもなぁ。なんて言って渡したんだ?オレ。
もみ子に何度聞いても「内緒です!」とか言って教えてくんねぇんだよな。くそぅ。

あの時の帰り道。見上げた夜空がやけに綺麗だったのを、まるで昨日のことのように覚えてる。
しかし……よく理性が持ったな。オレ。
だいたいだぞ? 惚れた女から腕組まれてだ、
理性を保ち続けるなんて、相当の我慢強さがないとムリだろ? さすがオレ様!

――そう。勇気が無かっただけなんだけどな。仕方ねえだろ!恐かったんだから!
だいたい、無理矢理襲って、嫌われたらどうすんだ!
うわ!そうじゃねえ! 襲うつもりはなかったぞっ!……頼む信じろ。

◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇

オレがもみ子を、その…ごにょごにょ…と想うようになってから、何年経つんだっけ。
確か一人前になってしばらくしてからだから、――アクアの暦で1年か。
……てことは2年も経ってるんだ。

2年間も片思いって、――けっこうキツいな。


――未だに自分の気持ちは言えてないけど、いいかげん何とかしたいんだよ。
だけど、あいつの前に出ると、ついつい いつもの会話しちまうんだよな。

恐いんだろな、多分。あいつにどう想われてるかを知るのが。

でも。
オレも、そろそろ本気ださないと。
どこぞの馬の骨に、横からかっさらわれる前に。

そうなんだ。それを考えるたびに、腹の底が冷えるのを感じる。
心臓が締め付けられるっていうのか。
例えばあいつの隣。オレ様以外の野郎が一緒にいるのを想像しただけで、
……なんだか、暴れ出したくなる。

――わかってる。さっさと行けってんだろ?
わかってんだけど、なんつーか、こー。どぅあぁ~~っも~~っ!
じれったいって思ってんのはオレも一緒だっ! こんちくしょーっ!

◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇

あの頃と今、“楽園”と思う場所は、まったく違う場所になっている。
あの頃は、言わずもがな、ARIAカンパニーの三人が揃っている風景。
でも今は。


……あいつがいればいい。あいつの居るところが、オレの“楽園”なんだ。


できるなら、これから先、何年も、何十年も。
あいつの横にいるのは、このオレ様! ――で ありたい。





でもその前に、この膠着状態をなんとかしねぇとなぁ……。





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End.
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2009.01.07.脱稿


以下、あとがきです。


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2008.12/29(Mon)

Paradise Lost -before-

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最後の空・旧自宅前


それはまだ彼が、彼女への想いを知る前の話。


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   Paradise Lost -before-



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ネオ・ヴェネツィアに本格的な冬将軍が到来した。
この時期は太陽から火星(アクア)が遠くなるため、6ヶ月もこの寒さが続く。
何度経験しても、この寒さには正直閉口する。
手を加えなければ、そのあまりの寒さに全てが凍り付くほどなのだが、
火炎之番人と、上空に浮かぶ気象制御ユニット・通称浮き島のお陰で、
かろうじて人が外で活動できる温度を保っていた。これでも浮き島の炉はフル稼働している。

本来なら半人前に休みなど望むべくも無かったが、
ただでさえ激務だというのに二週間休みなしという状態が続いていたため、
親方がむりやり彼の休みを組み込んだ。

いきなりのOFF。もちろん予定などあるわけもない。

理由もなく、約束もなく。それでも何故か地上行きの空中ロープウェイ駅に、自然と足が向いた。
頭の中で漠然と、下に行く理由を作りながら。

いつものように。火炎之番人の印半纏に身を包み、首元にぐるぐるマフラーを巻き。
長い黒髪を揺らしながら、寒そうに身を縮めて、彼…出雲暁は下に向かった。

◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇

地上に着いてすぐ、何気なく覗いた駅の横。そこにはショップのウィンドウ。
こまごまとした物が所狭しと並べられている。
そこで彼は、先ほど考えついた(…そうは言いつつも、毎回必ずこれに行き着くのだが)
下に来た言い訳、否、理由を頭の中で反芻した。

(そうだ。オレ様はアリシアさんにお会いする為に、ここまで来たんだ。)

何故か心に引っかかるものを感じながらも、毎回そのように自分を納得させながら、
地上で通い詰める唯一の場所へ向かう、その前に。

ちらりと先ほどのショップを覗く。そこは観光客向けの土産物屋。
地上の、しかも小洒落た店の所在など、彼にわかる訳もない。

(んじゃ何かしらのプレゼントが必要だよな…。うん。)

そう思いながら、店内に入った。

◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇

(………。なんだ。この混沌(カオス)な雰囲気は。)

よくある土産物屋なのだが、ありとあらゆるものが売っていた。
ヴェネツィアンガラスはもちろん、干物につまみ。ジュースに酒。キーホルダーに果物。
醤油や油や調味料など生活用品の数々。トイレットペーパーまで売っている。
さらには高級菓子やらお手軽値段の箱入り菓子やら。
あげくのはてには帽子にTシャツに木刀まで。誰が買うのだろう。

「商魂たくましいな、おい」

思った事がまっすぐ口から出てしまう。素直すぎるのか無遠慮なのか。

(いくら何でも、このような店に、あのアリシアさんに似合いの品なんて…無いな。
 うん。あるわきゃねえ。)

一応 一巡りして、特に買う物も見い出せなかった暁は、
レジの横に申し訳なさそうに積まれた赤い袋の山と、その煽り文を、しげしげと眺めた。
曰く “冬の寒さもこれで安心!冷え切った手・足・腰を暖めます!”

「……?カイ…ロ?」

勤務はいつも釜場の近くだから、寒いと感じるのも通退勤時のみ。
元来熱い男 暁にとって、買ったことも使ったこともないその商品に、何故かとても心惹かれた。
それに正直、財布の中身もそんなに入っていなかったため、
アリシアのために高い買い物も出来なくて。
憧れの君にプレゼントを買えない自分を不甲斐なく思いつつも、
脳裏には違う人物を想い浮かべていた。

寒そうに手を口元に持って行き、吐く息で一生懸命手を温める小柄な少女の姿。

(そういえばあいつ。寒いの苦手って言ってたな。いつも手を温めてるし)

気が付けば、二種類の携帯用カイロを手にレジに向かっていた。ほとんど無意識に。

◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇

無事、あの場所に行く理由も出来たし、出費も安く済んだし。
意気揚々と歩き続ける暁。

アリシアに会いに行く、というのが理由だというのに、
何故かもう一人の水先案内人に土産を買っている。
そんな自分の不可解な行動。それに気づいていないあたり、鈍感なのか無頓着なのか。
それに、今まで幾度となく立ち寄ったが、アリシアが社屋に居ることが、まず無い。
あれほど忙しいアリシアだから、今行っても居るわけがない。でも。
頭の片隅で理解していながらも、残り1%の偶然を期待して。

…それすらも言い訳であることを、今の彼は 知るよしもない。

◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇

「たのも~~~~~っ!」

いつものように開け放たれた受付から一声。すぐに桜色の髪の持ち主が、ひょこっと顔を出す。

「あ!暁さんじゃないですか!いらっしゃいませ~~!」

しかしすぐに残念そうな顔になる。その顔を見て暁は、憧れの君がそこに居ないことを知る。

「すみません。せっかく来て頂いたのに…」
「皆まで言うな!貴様の言いたいことは分かった!アリシアさんはいらっしゃらないのだろう?
 お忙しいのだから、仕方があるまい!もみ子が謝ることでもなかろう!」

(…だから何で、こいつ相手だとこんな偉そうにしゃべっちまうんだろ。オレ)

毎回毎回、彼女は謝りながら、すごくすまなそうな顔をする。正直その顔が苦手だった。
自分が彼女を苛めているような気がしてしまうから。…そんなつもりは毛頭ないのに。

「とりあえず、こんなところで立ち話も何ですし、上がってお茶でも飲みませんか?
 今日は玄米茶と漬け物ですけど。締めは苺大福でいかがですか?」
「ずいぶん渋いチョイスだな。おう!遠慮無く頂くぞ」

玄関先で、ブーツに付いた雪を素早く落としながら、言葉通り遠慮せずに中に入る。
少し寒そうにしている彼女を半ば無意識に気遣って。出来るだけ外気に彼女を晒さぬように。

◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇

「ずず~~~~~っ」
「ずず~~~~~っ」
「ずず~~~~~っ」

きれいにハモる、お茶をすする音三つ。発しているのは黒髪ポニーテールの火炎之番人と、
彼曰く“立派なもみあげ”の持ち主である水先案内人、そしてARIAカンパニーの会社社長。
三人して、ぱりぽりと漬け物を食べながら、お茶を美味しそうにすする。
あまりにもまったりとしていて、思わずうたた寝してしまいそうなほど。
冬の低い日差しがARIAカンパニーのオフィスを柔らかく照らし、室温と心を温める。

「あ、そーだ」

暁は、自分がここに来た目的を危うく忘れそうになりながらも、途中で買った袋を持ち上げて
もみ子こと灯里に押しつけた。

「やるわ。これ」
「?ありがとうございます。なんでしょうか…コレ…」

がさがさと袋の中から、もらった物を取り出す。

「あああ!ちょうど切れかかってたんです!ありがとうございます!」

その手にはカイロが二種。寒さに弱い灯里には願ってもない贈り物。
いつもの満面の笑みとともにお礼を言われた暁は、一瞬彼女の笑顔に目を奪われながら、
少し慌てて言葉を繋ぐ。

「おう!そっ…その、安かったからな!それにおまえ、寒さが苦手と言ってたろ?」
「はい。最近は特に寒くって、右手用に左手用、それから腰と足に入れてるので
 すぐ無くなっちゃうんですよぅ」

すこし困ったように笑いながら言う。

「おい…。そんなに入れてたら低温やけどするんじゃねえか?
 そんなことよりな、これ!これすげえんだそ!なんとだな、貼れるんだ!」

そんな彼女にいらぬ心配をしつつ、自分が見つけ、購入したカイロを誇らしげに自慢する暁。

「おお~~~っ!それが噂の!貼れるのがあるってアリシアさんに教えてもらってたんですけど、
 なかなか買えなかったんですよ。私、貼るタイプって使うの初めてです!
 明日から早速使わせて頂きますね!」
「おう!そうしてくれ!てかもっと厚着すりゃいいんじゃね?
 だるまさんみたくなって転がりながら移動すりゃウケも狙えていいじゃねえか」
「何言ってるんですか!人ごとだと思って!そんなことしたら運河に落ちて凍えちゃいますよぅ!」

なさけない顔をしながら反論する灯里に、愉快そうに笑う暁。

◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇

会話が途切れる。気が付けば波の音だけ。
元来騒々しい彼なのに、なぜかその静穏が心地よく思われた。

彼は、ぼんやりと

(ここは、楽園みたいだな…)

そう 考えていた。

 いつ来ても、こいつがいて。たまに憧れのアリシアさんもいて。社長も自分の背中とか頭で遊んでて。
 それがとても居心地いい。自分の仕事に誇りを持っているし、火炎之番人として勤務する浮き島での
 生活も充実している。でも、ここは“心から休まることのできる場所”なんだよなぁ。
 いや、自分の家だって休むことはできるけども、ここにくると心底安らげるっていうか。

 …こんなこと、こいつの前じゃ、絶対に言えないけども。

 ここが無くなるなんてことは絶対に無い。
 でも、ここからこいつやアリシアさんが居なくなるってことは充分あり得る話なんだ。

 水先案内人の引退が普通の職より早かったりするのが、その労働条件の過酷さにあるって、
 前に何かの記事で読んだっけ。
 冬は極寒の中、底冷えする水の上。夏は灼熱の太陽の下、無風なら熱射病にもなりかねない。
 そんな厳しい中、こんなに小さいのに、やっぱりすげえなこいつ。

彼の中では、同志、もしくは妹のような感情しかない(と少なくとも本人はそう思っている)灯里。
そんな彼女に、正直感嘆している自分。


今は大丈夫。でも、遠い未来に必ず起こるだろう、楽園の喪失。
そんな悪い予感を振り払うように、彼は彼女に所望する。

「もみ子よ!茶のおかわり頼まぁ!」
「はい。ちょっと待ってて下さいね~」

いつものように。すぐに暁の依頼に応える灯里。ぱたぱたと台所に消える彼女を見送りながら。

今はまだ。この綿のようなやわらかい時間に 微睡んでいたい。





 でも、いつか“その時”が来たら、オレは どうするんだろう。





End.
===================================

2008.12.29.脱稿
2009.01.05.筆削

以下、あとがきです。

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