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2011.11/09(Wed)

彼の内面に於ける思いの推移と、想いの増加に関する一考察 前編

 この小説は、1995年6月に角川書店様から出版されました、
「タイム・リープ あしたはきのう」 高畑京一郎 著 (敬称略)の二次創作小説となっております。
 これは個人的な活動であり、著作権をお持ちの原作者様ならびに関係者様には一切関係ございません。

 また、作品のネタバレを含みますので、未読でネタバレ回避の方は、絶対にお読みになりませんよう、重ねてお願い致します。


 それら全てが大丈夫な御方、どうぞごゆっくりご覧下さい。
 この作品が、貴方様の余暇を潤せるお役に立てるなら、それはとても幸いです。



***********************************

 ……なんだって、俺はここまでしているんだ?
 昨日、『4通目』を見て、この計画を立てた時から生じている疑問。何度も何度も、泡のように出ては弾けるその問い。答えは出ない。
 きっと、『頼られるなら、応えたい』 そういうことで、いいのだろう。

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彼の内面に於ける思いの推移と、
想いの増加に関する一考察
前編



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 決戦の日は、とても良く晴れた土曜日だった。

 妹は弁当を作ってくれなかった。まあ、昨日の夜いきなり言ったから、面倒くさいと行った美幸の言い分も分からないではないが、もう少し兄を敬うとかないのかあいつは。そう思いながら一人、道を歩く。この道を使うのも三度目、それも今日で終わると思うと、少しは感慨もある。高校生活のうちで、女子と通学するなんてこと、この三日間が最初で最後だろう。しかし、そんなのんびりと考えてもいられなかった。これから起こる事は全て頭に叩き込んである。それでもやはり、どんな不確定要素があるか分からない。だからこそ、こんなに気を張っているのだ。
 鹿島の家の前に着き、昨日と同じように、門に背中を預けて待つ。さりげなく周囲を注意してみたが、どうやら杞憂らしい。4通目に書かれている通りなら、今日は放課後の、あの時間までは危険は無い筈だ。……鹿島が、いきなり転ぶとか、いきなり階段落ちするとか、いきなり滑るとか、そういう事がなければ、の話だが。

 何事もなく学校に到着し、何事もなく授業は終わった。思わず安堵の息をつく。移動教室がなくて本当に良かった。お陰で教室から出なくて済んだ。後は3時まで時間を潰して、関に稽古を付けてもらい、その間に所用を済ませる。そして。
 めまぐるしく考える俺の前に、鹿島がやってきた。ああそうだな。昼飯にしようか。

「なんだか、妙に黒っぽい弁当だな」
 ふたを開けてすぐに、感想を口に出してしまった。おかずの所々が炭化しているからだ。だがわざわざ作ってくれたものに、これ以上文句をいうのも申し訳ない。パンにするかと聞く鹿島に、
「折角だから戴くよ。まさか、死にはしないだろう」
 思わず口が過ぎた。見れば鹿島は、少しすまなそうな顔をしていた。まあ人には得手不得手というものがあるから、あまり気にするなとか言おうと思ったが、結局何も言えなかった。
 平然を装いながら食べてみる。味は、悪くなかった。というより、どちらかというと旨かった。味が濃いめだったから、俺の好みに合ったのだろう。
 食べ終わっていつものように手を合わせる。鹿島がちょっと笑っているのを目の端に認めた。家ではこれが普通なのだが、なにかおかしいところでもあるのだろうか。

 食べ終わってもまだ、2時間近く時間がある。それを見越して持ってきたクロスワード雑誌を取り出す。一人でやるつもりだったのだが、鹿島が割と乗り気だったので、鉛筆を手渡すと、張り切って隣に座ってきた。しかし、オルゴールを選ぶとはな。この手の雑誌には、必ず2つの『ジャンボクロス』とかいうやたらでかいパズルが掲載されているのだが、よりにもよってオルゴールはその景品だった。本の両端に折りたたまれたパズル面を開き、本誌の4倍になったパズル面を見据えた。こうなったら本気出す。俺が問題文を読み、鹿島が「一文字目が『あ』で始まる4文字」等のヒントを言いながら解いていく。何故かさくさく進んだ。
 ――結果、関との約束の時間に少しばかり遅刻してしまった。あのパズル、でかすぎるんだって。勿論パズルは無事解けた。……全てが終わったら、応募しておいてやろう。

 鹿島を関に預けてすぐに格技場を後にした俺は、家へ戻る道すがら、適当な公衆電話を見つけて、そのボックスに滑り込んだ。
 多少長い話になるだろうからと、一度だけ深呼吸した。受話器を持ち上げ、テレホンカードを入れて、いよいよ電話番号をプッシュする、その時。

 ふと、肩に先ほどの暖かさが宿った気がした。関の部活が終わるまでの待ち時間。一緒にクロスワードを解いてた時、ずっと、俺の右肩と鹿島の左肩が触れ合っていた。最初に触れたとき、思わず離そうとしたけれど、何故か離せなかった。俺が逃げたのに鹿島が寄ってきたのか、それとも俺が結局逃げなかったのか、それさえ分からなかったけど、とにかく、触れ合う肩の暖かさが心地よくて、一緒に過ごす時間が心地よくて、ずっとこのままでいたい、と、確かに少しだけ、思った。

 どうして今、そんなこと思い出してるんだ? 俺は。
 でも、緊張が少しほぐれた気がした。

 不快な電話を終えて、外の空気を吸い込む。電話の前に少し残っていた緊張は、奴の声を聞いていたら吹っ飛んだ。それどころか、怒りのあまりどんどん冷淡になっていく自分がいた。我ながらそんな一面があったとは、と少し驚いたが。

◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇

  

 ……なんだって、俺はここまでしているんだ?
 またそう思いながら、俺は、缶詰の空き缶を次々と潰していた。それにしても、もう少しましなものは無かったのか。あと1日準備期間があれば、どうにかできたのに。そう思いながら、一缶、また一缶と潰していく。同時に、脳内ではあれこれと考えを巡らしていた。昨日のうちに、昔作った通信機を改造しておいた。さっき薬局でさらしも買ってきた。『真犯人』に電話も完了。その時の通話はこのレコーダーに録音してある。後で鹿島に聞かせて、……これから彼女に起こる『過去の』事実も話さなくてはならない。とても気が重いが……。
 あと、忘れていることはないだろうか。再び緊張してきている。自分でも珍しいと思う。こんなの、受験の時でさえ味わったことがない。
 そう、昨日は考える事が多すぎて、ほとんど眠れなかったのだ。4通目も、もう内容を暗記する程読み返した。その文面は、できるだけ要領よく端的に、事実を伝えようとしている。だが、最後の最後に書かれた一文が、何度も、何度も頭をよぎった。

『あなたを死なせたくないの』

 どういう意図で書かれた文なのだろう。拡大解釈してもいいのだろうか。
 だが、俺は彼女にとっては相談相手なだけだし、そうであるように振る舞ってきた。しかも俺の態度はおしなべて誠実とは言えないものばかり。意図的に冷淡になった時もあったが、それは、彼女に対する牽制であった。自分の心の領域を侵されるのが、怖かったのかもしれない。
 だいたい、鹿島の命が狙われている、と確信するまでは、複雑なパズルを解いている面白さばかりに目が行っていたのだから、我ながら不誠実極まりない。クロスワードよりも魅力に満ちていて、解きがいのあるパズル。それを楽しんでいた。
 しかし、それが『危険を伴う』と分かった瞬間、逃げるのではなく、立ち向かう事を選んだ。もう、とっくに『俺の手には負えない』事態だというのに、それでも自分の力でどうにかしようとしている。我ながら自信過剰と思わないでもないが、それでも、俺以外の誰かが彼女を助けられるとは、とうてい思えない。

 鹿島が無事、犯人を撃退して、自身の体を護り抜いて帰って来るのはもう、すでに知っている。後は時間が再構成されないようにすればいい。
 だから俺は、刺されなければならない。
 彼女は刺されて死んでしまうと思っているようだが、刺された上で死なないようにすればいい。
『私の事なら大丈夫だから』? そんな訳あるか。君が俺ほど冷静に対処出来るなんて思えるはずもない。
『自分でなんとかしてみせるから』? いつもいつも、一人で思い詰めて、一人で震えて、一人で闘う。そんなこと、出来るのか? 本音を言えば、出来ないと思うし、させたくない。
 ここまで人を巻き込んでおいて、危険だから手を引けだなんて、それは無理な注文だ。

 そして、俺は、潰した缶を手に、自室へ引っ込んだ。腹に仕込んでいる間に、妹にでも帰って来られては困る。説明すると心配するだろうし、もとより説明する気もない。
 ゆっくりと、がっちりと、呼吸がきつくなる位にさらしをきつく巻きながら、要所要所に潰した缶を仕込んでいく。こいつで旨く奴の刃を受け止められるといいのだが、万が一しくじった時は……いや、今はそういう事を考えるのはよそう。

 全ての用意を終えて、家を出た。
 後は『奴』と対峙し、証拠を掴んで、警察に突き出す。それでもう奴は、鹿島に手出し出来まい。俺が出来るのはそこまで。そして彼女は日曜日に最後の跳躍(タイム・リープ)をして、自分で自分を護る。それで全てが終わる筈だ。
 しかし、女子になんて事させるんだろうな、俺は。それがどれほど怖いことか、どんなに想像したって多分一生分からない。俺は女じゃないからな。ただ、それをやろうとした奴がどれほど下劣な奴か、という事だけは分かる。同じ男だと思いたくない位、卑劣で野蛮で、出来ることなら俺が時間を跳んで、日曜日の奴を殴りつけたい。だが、俺はこの時間の流れから逸脱出来ない。そこは鹿島に、鹿島の力に頼るしかない。

 今日で全てが終わるけれど、君がこの奇妙なタイム・リープから自由になれればいいと思う。そして俺の役目も終わる。今まで通り、ただのクラスメートになるけれど。
 それでも、駆け抜けるように過ぎ去ったこの数日を、とても面白かったと、後でしみじみ振り返りたい。

 だから。


◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇

  

 格技場に着いた俺は、押し倒された場合の対処法も関に頼み、鹿島もどうにか様になってきた。関はその体勢を取る事にかなり戸惑いを見せていたが、俺は冷静だった。これから奴がこの様にのしかかるのかと思うだけで、腹の底に冷たい怒りが溢れて来るが、表には出さない。下手に鹿島を不安がらせたくはないから。これでようやく、あの場所へ行ける。

 稽古が終わって着がえる関に、もう一つ、頼み事をした。案の定、ヤツは目をむいて反対した。そりゃそうだよな。『これから刺されるけど、俺が刺される時はスルーしてくれ。その後必ず鹿島を狙うから、彼女が襲われる前に奴を倒して、できれば昏倒させてくれ』なんていう頼み、俺がされたとしても必ず反対する。
「彼女のためか?」
 そう訊かれても、俺自身にもよく分からん。だから、
「さあ、どうかな」
 そう応えるしかなかった。



 4時20分過ぎに八幡神社に着いた。空はまだ明るいが、夕暮れが近づいている。いつもと同じ夕暮れなのに、いつもと違うように見えるのは、やはり緊張しているからだろうか。朝からずっと、鹿島と話す時だけはいつもの顔で、と思っていたのに、ここにきてそれさえも頭から吹っ飛んだ。
 奴から見つかりそうな場所を避け、茂みに入って、……そこで、ようやく、鹿島に全てを話した。彼女は呆然として、その名前を聞いていた。続けて鹿島が命を狙われるその『理由』を話す時、出来るだけ、平坦に聞こえるように、冷静に、短く言った。正直、自分の声が小さすぎて、彼女に届かなかったのではないかと疑ったくらいだ。
 反応は、激烈だった。そりゃあそうだろう。自分だったらと思うと……駄目だ。やっぱり分からない。どんなに言葉を尽くしても、彼女はどんどん激していく。そして。

「他人事だから、気楽に行って来いなんて言えるんだわ!」

 他人事。そう言われた瞬間、何かが吹っ飛んだ。

「その通り、他人事だよ。俺にとってはな。危険な目に遭うのも君だけなら、問題を解決できるのも君だけだ。好きにしろよ。逃げ続けると言うなら、それもいい。困るのは君であって、俺じゃあないからな」

 そこまで言わなくても、という程の言葉が、すらすらと俺の口から出ていく。口の端に浮かんだ皮肉の笑みは、俺と彼女、どちらに向けてのものなのか、そんなの俺にも分からない。
 正直言い過ぎたと思った。しかし、逆にこのひと言が彼女の激情を収めたらしい。どういう形であれ、ここで騒いでいてはまずいので、助かった。
 黙り込んだ彼女に、もう一度、先ほど言った言葉を繰り返し、参道に目をやると、一人の男が夕陽に照らされつつ歩いて来た。ようやく『主役』のご登場だ。せいぜい上手くやるとするか。

 鹿島にレコーダーを預けた。「行ってくる」と言った俺に、鹿島は、
「気を付けて」
 と言ってくれた。そんな彼女に心の中で謝りながら立ち上がる。今から俺が晒す光景は、彼女には酷すぎる。それと分かっていて、されに行くのだ。日曜日の君が、再構成する決意までして知らせてくれた事実と思いを、全て無駄にしないために。



 対峙した『奴』は、思ったより簡単に踊ってくれた。演技していて思わず笑いそうになった位だ。そして、クライマックス。内ポケットから、あるはずもない『証拠の品』を出すふりをする。その瞬間、奴の目つきが変わったことを、雰囲気、いや、殺気で知った。来る。
 しっかり狙ってくれよ。そうじゃないと、こっちも困るからな。そう思いながら、近づく刃を待つ。
 衝撃は思ったより……酷かった。気を失う『ふり』をするつもりだったのに……本当に……気を、失うことに……なる、なん、て。


◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇

「後編」へ続く。
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テーマ : 二次創作 - ジャンル : 小説・文学

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